旭東幼稚園園舎(岡山市二日市町 2007重文)
昭和54年(1979)冬、老朽化により建替えを行った際に解体・保存し、概ね明治期末の姿に復元。擬洋風とも。明治時代末から大正時代にかけて、県下で建築された同様の園舎の先駆け。幼稚園園舎への指定は、全国初となるもの。
明治41(1908)築、木造、建築面積350.63㎡、桟瓦葺一部銅板葺
(四)学術的価値の高いものとして指定
岡山市旭東尋常小学校附属幼稚園の園舎として小学校校舎とともに明治41年に竣工。設計は、岡山県工師の江川三郎八。梅鉢型平面を最初に採用した幼稚園園舎建築。
園舎は木造平屋建、「八角形平面の遊戯室の四方に保育室」などが取り付く、いわゆる「梅鉢型」の平面。遊戯室は、中心に八角形断面の柱を建て、周囲にガラス入りの建具を巡らせるなど、採光に配慮したつくり。屋根はマンサード風の宝形屋根とし、育室の小屋組は洋小屋。
「梅鉢型平面」を最初に採用しその原型となったことで、「幼稚園史上」、「高い学術的価値」が認められる。
現在、旭川右岸近くの岡山市立中央図書館用地に1998年に移築復原されているということで拝見したいモノです。
正直、監獄の平面と似ています。見守りと監視は建築計画上は同じかもしれません。
http://www.city.okayama.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai_00018.html>>
その他、外部意匠は、腰を「目板打ち」の縦板張、上部を「下見板張」とし、化粧の柱形や筋違などを現して強調する「スティックスタイル*」を採用している。
遊戯室を園舎の中心に置き、遊戯室の周囲に保育室を配置した「梅鉢型園舎」の原型となったことで幼稚園史上の学術的価値が高いということです。
スティック スタイル(1855-1875)様式とは、軸組(柱や梁)を隠さず建築のデザインに採り入れたものです。スティック様式のベースは「ハーフティンバー」様式。日本人が見慣れた真壁の造りを思わせなんとなく堅実な感じが日本人好みかと思います。
当時この意匠の幼稚園に通う方々のハイソな雰囲気と近代的なものに触れる喜びが伝わってくるようです。
現在は静的保存と言うことで、少し残念ですね。子供達の声が響く活用もあっていいような気がします。
【参考文献】
『岡山市指定重要文化財岡山市立旭東幼稚園旧園舎復元報告書』岡山市教育委員会、2000年
『岡山県近代化遺産総合調査報告書』岡山県教育委員会、2005年
『近代日本幼稚園建築史研究』永井理恵子、2005年
愛珠幼稚園園舎(大阪市中央区 2007重文)
現役!!しかも耐震補強工事完了・・・附に「廻旋滑り台」も
明治34(1901)
構造及び形式等:遊戯室棟、玄関棟、西保育室棟、北保育室棟、便所棟、東棟からなる。木造。
(三)歴史的価値の高いもの、(四)学術的価値の高いものとして指定
明治13年に創立、現在の園舎は、元大阪府技手の中村竹松が設計し、明治34年に竣工。敷地周辺に高塀を廻し遊戯室と保育室に面して園庭を設ける。遊戯室棟は,たちの高い木造平屋建、入母屋造桟瓦葺。玄関棟には車寄が付き、和風で重厚な外観。
愛珠幼稚園園舎は現存「最古の幼稚園建築」で、遊戯室の大空間を洋小屋を用いてつくるなどの特色を有し、建築史上および幼稚園史上、高い学術的価値が認められる。創建以来幼稚園園舎としてありつづけていることも高く評価される。
【参考文献】
『大阪府近代和風建築総合調査報告書』大阪府教育委員会、2000年
『近代日本幼稚園建築史研究』永井理恵子、2005年