明治建築の古民家再生 棟梁の家・織りの家

新設した土庇と土間のたたき 古民家再生

相談

大工であった曾祖父が建て、祖父が育ち、父やおばらが守ってきた明治建築が無住の家となりました。おばはここで伝統的な織物を織りながら生涯を過ごしました。祖先の思いを大事に、少なくとも次世代にきちんと残したいと考えています。

築130近くですので、まずは建物の健康診断と補修、いずれは活用できるようにしたいと相談します。

答え

大工でもある曾祖父自らの手で普請された建物で、二階の軒高もその時代にしては高く、塗籠めの漆喰壁に縦長の虫籠窓が並び陣屋を思わせる独特の景観を見せています。

この界隈に残る貴重な「明治建築」といえます。

1995年の阪神淡路大震災による屋根・壁損傷の修理がすでになされているほか、近年塀の修理などもされていて、状態は概ね良好。昭和40年ごろに土間にあった台所・浴室が建物を一部増築して1階床高さに揚げられる改造(床上げ)の他は、建設当初の姿が多くたもたれています。

1階の床高60cm、1階の階高約3mといずれも高く、かつ2階も十分な居住空間をとっており、座敷廻りは瀟洒な数寄屋普請ともいえます。数寄屋的な要素としては、多くの造作に繊細な面皮使いが見られることや居室天井にあえて小幅板の杉板を多用していることで、いわゆる地域の民家・町家とは一線を画す意匠的な試みや技量をそなえています。

床の間廻りの木部には溜塗り(赤身のある透明感のある漆仕上げ)を施し、この座敷空間に対する意気込み・特別感が感じられます。

意匠的な面とは別に、機能的な面でも練られています。階段は緩やかで使い勝手よく、5人の子どもを持つ家族の住環境をよく考え、とても快適にと計画されています。

昭和には、おばらはここを「伝統の織り」の復元と創作の場にし、かつシンプルで清潔な生活スタイルを営まれたようです。おばらの好みで選ばれた襖紙(薄墨色と白の市松張り)にその審美的な好みがよく表れていて、この建物にこめられたふたりの想いにより、建物に気品が充満していることは、建物という入れ物・舞台で生まれ育った人々が、また建物を育てているような気がします。

そんな愛すべきおばらが相次いで亡くなり、親族に所有が移ることになりました。おばらの足跡・業績は死後、徐々にその芸術性や人的交流とともにひもとかれており、今もその途上にあります。

今後の利活用に際して、このおばらの遺志(=伝統織りの継承と創作でしょうか)を実現できる用途となることが所有者始め、関心を寄せる支持者の願いです。

現在の活用

現在、時折「織り」の企画展をここで催し、多くの訪問者を得て、地域でのその存在感も増す手応えを感じておられる今日です。

家を保ち時折皆様に使っていただいている現状から、継承者自身がシニアになり、そろそろこの家の活用を常態化・具体化・安定化させねばならない時期に至り、この家と文化の継承を担う人に託す時期です。

主屋と奥のアトリエや同敷地内の畑を含めて、創作・展示・販売などの管理・運営がなされることも可能です。

直接的な問題点のいくつか、たとえば、地下水位の上昇による床下の湿気対策(調湿炭の利用、砕石パイル)、西日と雨の吹き込み対策(玄関に土庇設置)、機能的には、展示施設としてのレベルアップ(表の格子戸を収納可能にし、展示時には硝子戸から展示物が見えるように)とこれまでに改修をしました。

今後、実用に沿った温熱環境の改善(断熱など)・段差障害の緩和などの建築的整備のほか、照明、空調、水回りなど設備的整備といえます。

また現在、この地域では中心市街地活性化基本計画認定を受けての町全体の動きや事業が起こっていて、それと連動して町の活性化事業の一端を担う場とも期待されているようです。

2013年 提案から第一次改修へ

長いスパンの時間軸を考慮しながら、今回はまずこの建物に「新しい顔」を与えることで、「ようこそ」の気持ちを表し、中に入っては「通り庭(土間)」を展示室としての使うことを提案します。

玄関廻りは門塀がなく、町に開かれた顔を持っています。ただ、植栽が視線を塞ぎ、入りにくさを感じさせます。また1階下屋(庇)の高さに比して軒の出が不十分であり、また玄関横の出格子部分が機能的にうまく生きていないように見えます。そこでこの家の顔に当たるこれらの部分をより魅力的にする改修をしました。

格子戸を収納可能に 古民家改修
格子戸を収納すると現れるショーウインドウ 古民家再生

 

また、ゆったりした土間(通り庭)は上階の「木置き(物置)」部分を含めると「広く高い空間」が潜んでいながら、今まで通路としか使ってなかった部分です。座敷部分を多用な形で利活用するためにも、展示スペースをここで担わせます。

庭空間については、慈しまれてきた名園であるので、今後も適切に枝切り・剪定がなされていくことが望まれます。この空間は染織作品の展示と呼応して大事な緑の背景・借景にもなるからです。

季節のよいときには、仮設舞台を庭にせり出し、催しに利用するのはいかがでしょうか。

建物の耐震性については、限界耐力計算による耐震診断を実施し、あいにく十分な耐震性がないことがわかりましたので、床下の柱を繋ぐ足固めを取り付け、弱点部分の外部の目立たない部分に控え(コンクリート基礎に栗材を使用)を設置しました。

玉石建ての耐震補強 外部につける方杖 栗材

伝統的構法のための木造耐震設計法: 石場建てを含む木造建築物の耐震設計・耐震補強マニュアル
2019/6/7
伝統的構法木造建築物設計マニュアル編集委員会 (著)

町家・民家・寺社など伝統的構法による木造建築物を設計するには、その優れた変形性能を生かすことが重要だ。
本書は、石場建てを含む伝統的構法の構造や設計の考え方などの基礎知識、限界耐力計算を発展させた計算法と設計手順、事例、設計資料を掲載。
新築の耐震設計、改修の耐震診断・耐震補強に役立つ実践的マニュアル。

石場建てを含む伝統的構法は、2007年の法改正における建築確認・審査の厳格化によって、新築が難しい状況におかれてきた。
これを打開するために、2008年4月に国土交通省補助事業として「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会」が設置され、石場建てを含む伝統的構法木造建築物のための設計法が検討された。その成果である「詳細設計法」案と多くの知見をもとに、本マニュアルでは、伝統的構法の良さを生かして、実務者が実践的に使える設計法としてとりまとめた。
新築の伝統的構法の設計に、また既存の改修に活用されることを期待している。